なぜ亡くなった人への黙祷に意味があるのか その起源を探る

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現代の黙祷

「もくとう」と読んで、難しい漢字で黙祷とされているこの言葉。

戦前の太平洋戦争や地下鉄サリン事件などの犠牲者や、地震、津波、豪雨といった災害で亡くなった人に向けて、この黙祷という行為は行われてきました。

最近では、東日本大震災で行われたことが記憶に新しいでしょうか?

主に、過去の事故や事件、災害でたくさんの人が死亡したことを悲しみ、死者に対して使われることがあるかと思います。

子供の頃は、黙祷という行為を、特に意味も考えずにやっていた記憶が多い気がします。

ちょうど墓参りにお経を唱えながら、目をつぶって手をあわせているのと似た感じです。

親や学校の先生といった大人に教えられることもなく、ただ目を閉じて、亡くなった者に対し、心の中で成仏してくださいと思っていたり、あの世では幸せにと願っていただけです。

いつのまにか、大人になっても、周りがやっていたから、それに合わせて同じ行為をやっていた感じという印象が強いでしょう。

なぜなら、黙祷の起源や意味を考えなくても、あまり他人に迷惑がかかるわけではないからです。

だから、最近のテレビをつまらなくしている原因の常識番組では、芸能人が間違っていたとして責められたとしても、それで終わりでしょう。

一般人にとってはあまり関係がありません。

しかし、一応、大人の常識ではあるので、黙祷の起源や意味を考えて見ましょう。

黙祷の起源

黙祷の起源は、時代をさかのぼること、昔の中国までいきつきます。

過去の中国で、唐の時代の韓愈の詩に黙祷の言葉の概要があったのです。

これは、「潜心默禱若有応 豈非正直能感通」とあり、漢文や中国語のできる人なら意味は分かるかもしれません。

昔の日本でも、室町時代中期の『文明本節用集』や、江戸時代の『南総里見八犬伝』に黙祷に関する記述があった程度だとされています。

第一次世界大戦でも、予想以上に戦争が長引き、大量の戦死者がでた中、戦争が終わったあと、初めて黙祷が行われたようです。

このように、黙祷は世界規模で共通に行われていました。

日本でも、明治天皇が亡くなると、黙祷が日本で最初に行われました。

思ったより、黙祷の普及の時代は近いです。

その後、関東大震災になって、その犠牲者に対しても、黙祷が行われています。

こういった形で、現代の日本で黙祷がメジャーなものになったんですね。

以上が黙祷の起源の説明でした。

黙祷の意味

では、具体的に黙祷とはどういう意味なのでしょうか?

これは、「声を出さずに犠牲者に祈りをささげることや、手をあわせて合掌し、目をつぶって軽く頭を下げる行為を伴うもの」だとされています。

宗教的な儀式や国家の決まりごとで、黙祷は行われます。

基本的に立ってやることがほとんどです。

黙祷の時間は、普通は1分間であると決められています。

ただ、無声で目をつぶるだけの行為だと、私はずっと考えていました。

どうやら、肝心の中身が欠けていたようです。

思った以上に、多くの意味を含んだ行為なのですね。

また、黙祷の黙はだまること、黙祷の祷は祈ることを意味しています。

予想以上に、相手への願いや、手をあわせ、会釈することも意味に入っていました。

つまり、死者や神様に対して無声で祈ることなのです。

常識人だと、そこまでの思いを込めて、犠牲者への黙祷を行なっていたようです。

犠牲者の遺族だったらなおさらのことでした。

私が単に世間知らずなだけですが、黙祷には、このような深い意味がありました。

また、戦争や災害や大事件は、正直、起こってもらいたくありませんが、将来、黙祷をする機会がありそうです。

こういったことは、人間社会に身をおく以上、絶対になくなりません。

心に余裕があれば、犠牲者への祈りの気持ちを持とうと思います。

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